くらし
2019/03/20

たまたま見つけてダイブした ここが “わたしが活きる” 場所

たくさんチャレンジしてたくさん失敗した3年間

タイミングよく募集があった地域おこし協力隊に応募。面接を経て採用され、観光のPRを担うようになった藤織さんは主体性を発揮し仕事に取り組んだ。「やりたいようにやってきた。たくさんチャレンジしてたくさん失敗した」と3年間を振り返る。

「久慈市の地域おこし協力隊は始まったばかりで何をするのかはっきり決まっていなかったので、いつも自分から。最初、地域を盛り上げるにはイベントをやればいいのかなっていうのがあって、『やりたい』って言って強行したんですが、人も集められず、そのイベントをやって何になったのかを明確にできなかったり。それでも、後から後から『こんなことがしたい』っていっぱい出て来て、それをさせてもらえました。」

途中で辞めて地域を離れてしまうケースもあり、一筋縄ではいかない地域おこし協力隊だが、藤織さんは3年勤め上げ、任期終了後は起業して地域に新しい仕事をつくろうとしている。理想的といっていい展開だが、何がよかったのだろうか。

「地域おこし協力隊がオススメか?と聞かれると難しい。人によると思います。結構辞めた人も多かったですし、他の地域の悪い例も聞くので。でも、『これがやりたい』っていうのが明確にある人は残っている印象です。募集する側もふわっと募集して、入る側もふわっと入ってくると、『何しにきたのかわからない。いる意味がわからない』となって潰れていくんじゃないかな。どちらかにビジョンがないと、厳しいのかも。」
 
(写真=JIMOTOZINE編集部)
(写真=NATIV提供)
「でも、具体的じゃなくても何か『こういうようなことがやりたい』っていうのがあれば、地域にはチャレンジできる余白があると思います。あまり具体的すぎると、今度は『やると決めてきたこれがうまくいかなかったからもう終わり』ってダメになっちゃうこともあるので、臨機応変さも必要と思います。」

主体性や柔軟性といった属人的な内面は、受け入れる役場にとっては、採用時の判断が難しい要素だが、藤織さんが成功要因として挙げたのはそれだけではない。

「私がよかったのは、観光PRの仕事だったので一番最初に観光地を見せてもらえたこと。まずは自分が楽しんで、『こういうのが楽しかったです』ってfacebookに投稿する仕事ができたことです。最初に地域のいいところばっかり見られた。これは大きかったです。地域おこし協力隊を採用したら、とりあえず地域の観光地とか美味しいものとかいいところを全部並べて、1ヶ月くらいはおもてなししてあげてもいいんじゃないかなって思いました。」

「税金で遊ばせて」と、地域住民から否定的に見られるリスクはあるが、地元の人にとっては当たり前で気づかない地域の魅力を、住み始めたばかりの新鮮な目で発見してもらえるメリットもありそうだ。

また、久慈市内だけではなく東京や他の地方での仕事が程よくあり、得意分野を生かせたのもよかったという。

「もともと舞台をしていたので、人前に出るのは好きなんです。住んで自分で見つけたいいところを、外に出て、人の前で表現する機会をたくさんもらえました。」
 

ずっと好きなことをして生きていきたい

そうして3年間で積み上げた実績をベースに、自走を始めたばかりの藤織さんに、どんな将来像を描いているかを尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「私はやりたくないことの方が多いんです。だから、ちゃんと就職したことがなくて、舞台やったりナレーターをしたりバイトしたりしてきました。だから、これからも『これやりたい』って思ったことだけして生きていきたい。北三陸で自分が面白いなと思った仕事をして生きていったら、それを見てこういう自由な人もいるんだなあ、地方で移住してっていうのもありかもしれないとか、多様性っていうんですか、いろんな人が出てくると面白いのかなと思ったり。でも今、役場の起業支援セミナーとかで『これから何をしていきたいか?』ってそればっかり聞かれるんですが、言葉に詰まってしまいます。」

地域にはチャレンジできる余白がある。将来どうしたいかより今やりたいことをやり続ける

ここで、インタビューに同席していた久慈市シティマネジャーの千田良仁さんから助け船が出された。「じゃあ、今、何がしたい?」という質問を受けたとたんに、藤織さんから流れるように言葉が出てきた。

「地域おこし協力隊の業務としてfacebookでの情報発信をしていた間に、フォロワーもついて、けっこう見てもらっています。お金をもらいながらそれをやり続けたいです。それから、観光海女として、久慈の海だけでなく全国各地の水族館で潜ったり、海女のかっこうをして昆布や塩辛を売ったりしてきました。そういう、久慈市をPRする仕事はどんどん広げていきたい。台湾で「(ドラマ)あまちゃん」がすごく知られているのに久慈にはあまり来てくれていないので、台湾にもどんどんPRしにいきたいです。第一弾として、台北で行われた東北感謝祭というイベントでPRしてきました。」

「あとは、グッズをつくってお土産屋さんで売るのはもう始めています。仲良しのおばあちゃんの畑が山にあるのですが、山うどとかシロケとかウルイとか、そんなのがいっぱい採れるんです。採りきれないぐらいで、飲食店に送ってあげたりしてるんですけど、すごく好評なのでほかのところにも送ったりしたいな。」

(久慈を含む広域の)北三陸の人々は、謙遜から「うちの地元はなにもない」と言いがちだという。藤織さんは、せっかく来てくれた観光客に「何もないでしょ?」ではなく、「これが面白いんだよ、これがすごく美味しくてね」と言える地域性になればいいというビジョンを持っている。だからこそ、率先してSNSでいいところを拾い出し、発信していく。

「面白いこといっぱいやりたい」

誰かが担っていたポジションを埋めるのではなく、自らできることとしたいことをつなげて、お金を生み出す方法を編み出していこうとしている藤織さん。 久慈の地に根を張りながら日本中、海外にもアンテナを伸ばす藤織さんの存在と伝播力は、久慈や北三陸地域の可能性そのものだ。
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