くらし
2018/09/19

西郷どんゆかりの加治屋町で幕末明治史を堪能しよう

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)
今年2018年は明治維新(1868年)から150年というメモリアル・イヤーです。2018年のNHK大河ドラマでも、西郷隆盛を主人公に取り上げた『西郷どん』が放映されています。今回は、西郷どんゆかりの鹿児島市加治屋町の史跡や観光地についてご紹介しましょう。

明治維新から日露戦争までの偉人を輩出した加治屋町

加治屋町は、九州新幹線の終着駅・鹿児島中央駅から徒歩15分のところにある、甲突川下流沿いの小さな町です。実は、この町は西郷をはじめ、幕末・明治時代の鹿児島県の偉人たちの多くが生まれ育った場所として知られています。有名な人物を挙げるだけでも、西郷と同じく維新三傑の一人・大久保利通や、日露戦争の陸海軍をそれぞれ率いた大山巌と東郷平八郎、内閣総理大臣を務めた海軍大将の山本権兵衛などを輩出しました。

なぜこれほど加治屋町出身の偉人が多いかというと、「郷中(ごじゅう)教育」と呼ばれる薩摩藩(現・鹿児島県)独自の教育システムにその理由があります。これは、同じ地域(郷中)に住む武士階級の男子が、幼児期、少年期、青年期と年齢によってグループ分けされて、自律的かつ能動的に文武の研鑽に励むというものでした。郷中教育の特徴は、「二才頭(にせがしら)」というリーダーが地域の後輩たちを監督し、後輩たちも二才頭の指示に必ず従うという、強い絆にあります。

西郷も1846年、20歳のころ下加治屋町郷中の二才頭に就任し、地域の後輩たちに慕われていました。彼は、幕末期に政治の舞台に上がった際も、郷中の後輩たちをそのまま自分の部下にしたのです。この加治屋町について、歴史小説家の司馬遼太郎は、「明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなもの」と評しており、歴史好きにはたまらない観光地となっています。

歴史ファンも満足の加治屋町の聖地めぐり

まず加治屋町を訪ねて行うべきは、西郷たちが生まれ育った場所への「聖地めぐり」でしょう。甲突川の東岸、南洲橋と高麗橋の間に、西郷隆盛の生誕地を示す大きな石碑があります。そこから100メートルほどのところには大久保利通の生い立ちの地を示す石碑が、また、高見橋の近く(正確な住所は、加治屋町の隣の西千石町)には大久保利通の銅像が建てられています。西郷誕生の地から歩いて数分のところには、大山巌や東郷平八郎、山本権兵衛の誕生地などもあり、幕末明治の歴史を体感できます。

ちなみに、幼少のころからの盟友だった西郷と大久保の史跡には、彼らが征韓論と西南戦争で対立したことにまつわる逸話も残っています。西郷の生誕地と大久保の生い立ちの地を示す石碑は同じ1889年に同じ大きさで建てられている一方で、大久保利通の銅像は、「西郷を殺した大悪人」と地元からの反対にあい、大久保の没後100年にあたる1979年になってようやく建てられたのです。史跡一つをとってみても歴史のドラマがあるので、短い距離ながらも加治屋町の聖地めぐりは歴史ファンにとても人気があります。

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