くらし
2017/09/29

体験できる!?駿府城の発掘調査

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)
駿府(すんぷ)は現在の静岡市葵区に位置する、かつて国府が置かれていた地域です。それを象徴する駿府城は、江戸400年の礎を作った徳川家康の居城と言われています。人質として幼い頃を過ごした駿府に城を作ったことは、家康にとって駿府がどれほど重要な場所だったかを物語っています。

2016年8月からは、天守台整備に向けた大規模な発掘調査が始まりました。今回の発掘は、通常立入禁止となる発掘調査の現場を一般公開していることから注目されています。さらに、2017年からは初の発掘体験もスタートしました。今回は、駿府城の発掘と発掘体験について紹介しましょう。

家康が愛した「幻の駿府城」

駿府は、幼少期の徳川家康が、当時この地を治めていた今川氏の人質として暮らしていたところです。家康は12年間の駿府時代に、天下統一を実現し、江戸幕府を開くために必要な知識を学んだ、とも言われています。

1582年(天正10年)、武田信玄の領地になっていた駿府を徳川家康が攻めて領国とし、1589(天正17年)に駿府城を築城しました。

1605年(慶長10年)、家康は徳川秀忠に将軍職を譲り、その翌年には駿府城に隠居します。その際、駿府城を大改築。城を囲む三重の堀や、城郭史上最大といわれる天守台(天守閣が建つ石垣)をもつ名城ができあがったのです。この頃から家康は、城下町の整備にも着手しています。今も残る大工町や大鋸町の町名は当時の名残です。

駿府城は、城内からの失火で消失し、その後も火事や地震などの影響で何度も消失、倒壊しました。その度に櫓や門などは再建されましたが、未だ天守閣はないままです。そのため「幻の駿府城」と呼ばれています。

日本初!?「見える化」発掘調査

家康没後400年の2016年8月、「駿府城天守台発掘調査」が始まりました。駿府城の天守が建っていた石垣、天守台の整備にむけ、現存する天守台石垣の大きさや本丸堀、今川時代の遺構など、4年がかりで調査される予定になっています。

これまでの調査で、江戸城より大きな、高さ最大約5.6メートル、南北約68メートルの石垣が発見され、天守台の長さは絵図に残る記録より長かったことが分かりました。さらに、○に吉と刻まれた巨石や瓦、古銭など、江戸時代の出土品も多く発掘されています。

この調査の大きな特徴は、発掘調査現場を一般公開していることです。日本初となる発掘調査の「見える化」の一環として見学ゾーンが整備されています。巨大な天守台が徐々に発掘されている様子を、いつでも見学することができるのです。目の前で大発見が起きるかもしれない現場見学。散策のついでにチェックしておきましょう。

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