経済
2019/01/16

なぜ富山の薬売りは全国にその名をとどろかせたのか

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)
 

現代も製薬産業が盛んな富山

現代でも、医薬品の生産拠点として富山は高い評価を受けています。県内には新薬開発型メーカーやジェネリック医薬品メーカー、配置薬メーカーなど、医薬品製造関連の企業が数多くあります。

富山の医薬品生産金額の推移を見ると、2005年の薬事法改正によって受注量が拡大し、同年2,636億円だった生産額が2016年にはその倍以上となる6,218億円にまで増えています。2015年、2016年と医薬品生産金額が全国トップとなっており、今も変わらぬ「薬といえば富山」の貫録を見せつけたといえるでしょう。

2016年の統計データによると、医薬品製造所従業者数や医薬品製造所数も全国トップです。さらに製薬企業に勤務する薬剤師の数は人口10万人あたり56.4人で、全国平均23.8人の倍以上です。富山藩の藩主が行った積極的な経済政策は、今の富山にも息づいていることが分かります。

昔も今も変わらぬ先用後利の精神で人々の健康を支える富山

富山の薬売りの逸話が今でも語り継がれているのは、藩主前田正甫と薬売りがもたらした功績によって富山の製薬産業が栄えているからだと考えられます。その根底には、江戸の昔から現代まで国民の健康を願って商売を続けてきた薬売りたちの先用後利の精神が流れています。

かつて、大きな風呂敷を担いで全国の各家庭を訪れていた富山の薬売りの人々。配置薬を確認した後にもらえる紙風船を楽しみにしていた子どもたちも多くいました。目先の利益を追うのではなく、人々に貢献して広く受け入れられることで後々利益を得る。この手法は、現代であっても十分に通用するマーケティングの手法です。時代が変わっても受け継がれる地場産業を持つ富山は、今後も製薬業においてさらに飛躍していくことでしょう。


このコラムは2018年12月時点の情報をもとに制作したものであり、現時点において最新の情報ではない場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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