経済
2019/06/27

その歴史は古く、技は精緻かつ繊細。富山伝統の井波彫刻

(写真=井波彫刻)
(写真=井波彫刻)
250年あまりの歴史を誇る富山特産の井波(いなみ)彫刻は、南砺(なんと)市井波地区で受け継がれてきた伝統の木彫りの技です。日本建築に欠かせない欄間やついたてをはじめ、祭りで使用される獅子頭や曳山(ひきやま)などにも使われてきました。

2018年には、日本遺産「木彫刻のまち井波」にも登録されて、ますます井波彫刻を中心にした町づくりが期待されています。

今回は、井波彫刻の歴史や特徴、作品などを取り上げるとともに、伝統の技を守る井波の魅力をご紹介します。

井波彫刻は焼失した古刹の復興から始まった

富山を代表する古寺である真宗大谷派の瑞泉寺(ずいせんじ)は、井波彫刻で知られる井波地区にあります。1390年の創建以来、長い間地元の人たちの崇敬を集めてきました。

真宗木造寺院の中で北陸最大の大伽藍と称される瑞泉寺は、1806年に完成した壮麗な山門をくぐると、広大な境内が広がっています。本堂を中心に、太子堂や鐘楼堂をはじめ、大小さまざまな寺院建築が立ち並び、ゴールデンウィークに見頃を迎える藤棚では、毎年「藤の花茶会」が開かれて、野だてのお茶席を楽しむ来場者でにぎわいます。

戦国時代には170もの寺院を抱えていた瑞泉寺は、井波城と称して越中の一向一揆の重要拠点となった勇ましい歴史も持っています。

その後、現在地に移転して伽藍が建立されたものの、1763年に土蔵を残して焼失してしまいます。伽藍の再建にあたり彫刻の指導を行ったのが、京都本願寺の御用彫刻師・前川三四郎でした。井波彫刻は、前川の技術を受け継いだ地元の宮大工4名から始まったのです。

瑞泉寺で鑑賞できる前川三四郎の彫刻美

1809年頃に完成した山門では、前川三四郎の彫刻を今なお鑑賞することができます。ちょうど山門正面に見える、波に龍が泳ぐ姿を刻んだ「雲水一疋龍(うんすいいっぴきりゅう)」の彫刻が前川の作品です。また山門では、再建当時に地元の彫刻師が手がけた中国の八人の仙人の木彫も見ることができます。

前川から学んだ4名の地元大工のうち、番匠屋九代七左衛門の作品は、日本彫刻史上の傑作といわれるほどの完成度です。1792年に完成した勅使門の門扉にあしらわれた菊と、両脇の「獅子の子落とし」は、ダイナミックなデザインで壮観です。

200本以上のノミと彫刻刀を使い分ける職人の技

井波彫刻は、原木選びから下絵作成、荒おとしから仕上げ彫りまで、大きく分けて10もの工程を持っています。職人が持つノミの数は約200本にもなります。

実際にノミを使い始める工程は、大まかな部分を糸ノコで切り落とした後に行われる、荒おとしからです。仕上げ彫りまでの間に職人は多くの種類のノミを使い分けます。刃物の部分が厚めで、柄の先端に頭金のある粗彫り用ノミと、一般的に彫刻刀と呼ばれる仕上げ用ノミとがあり、職人は作風に応じて自らノミも制作します。

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